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心に残る言葉

2016年10月 7日 (金)

やれなかった やらなかった どっちかな

「やれなかった やらなかった どっちかな」

相田みつをさんの言葉です。
10年前ぐらいに出会ってからよく心の中に浮かびます。

やりたかったことなのに、忙しかったから、タイミングじゃなかったから、自分に合わないんじゃないかとおもったから…だから「やれなかった」。

この言葉に出会って、今までやりたかったことをやってこなかったことを何かのせいにしていたと気づかされて目からウロコでした‼

そうか、私「やれなかった」ではなく「やらなかった」んだ‼
だって本当に本当にやりたいことなら忙しくてもタイミングじゃなくても自分に合わないかもって思っても、時間作って何が何でもやってたはずだから。

自分に言い訳して自分を騙して、騙してることにも気づかないふりして過ごしてきた私。
やりたい事だったのにいろんな理由つけて出来なかったことにしてた。
本当は私がやらなかっただけのことなのに。
なにかのせいではない。
すべて私が選んできた道。

そう気づいたとき、やりたい事には言い訳せずに向かっていかないと後悔するって思いました。
自分に言い訳してちゃいけない。

人生はいつ終わるかわからないし、その時あれやっときゃよかった…って思っても遅いから‼

とは言え、もともと自分に言い訳してしまう派の私が何事にもそんな風には動けないけど、でもその言葉がいつも頭をよぎり語りかけます。
そうすると私自身とちょっと向き合って考えることができます。それがまずは第一歩。

「やれなかったの やらなかったの どっちかな」

2014年10月19日 (日)

人生に感動と感激の多からんことを!

「人生に感動と感激の多からんことを!」

これは2年前61歳で亡くなった父が残した言葉です。

父はビビッとくる自分の直感をめちゃくちゃ信じてる人でした。
ビビッときたことは必ず実現できるように準備に準備を重ねます。
準備の段階でたくさん情報を集め、人の話も聞いて、勉強して考えを実現に向けて練って練って練りまくっていきます。

人が無理だと諦めようとも父はしぶとくしつこく粘り強く諦めず水面下でひっそりと、日蔭の中で苔のように青々と、着実に確実なものにしていきます。

そう、クールな頭と熱いハートで周りの人たちをいつの間にかその気にさせて自分の夢をいくつも実現させてきました。

父の夢は自分一人のものではなく、父一人から始まったとしてもたくさんの人の夢に変わるものでした。

小さな島の大合唱団も大きな音楽ホールも全国から見学にくる人が多い図書館も、島の廃棄資源を利用したバイオマスもメガソーラーで島民が潤う考えも、さびれゆくふるさと城下町の再生化も、父の夢がたくさんの人々との出会いで実現していったものです。

自分の夢を見つけた感動と感激、夢に向かう過程で出会う感動と感激、夢叶う感動と感激、人々と味わう感動と感激、そんな人たちからもらう感動と感激…!!

やりたいと思ったことは決して諦めない。
でも、自分の好きなことばかりしてたんじゃないです。ちゃんと司法書士というカタイ仕事を誠実にやり、その道では日本司法書士連合会の理事までやっていましたから。

家庭では、母にいわせるとボロボロですが、亡くなった今は良い言葉しか出てこないってことは、母にとっても良き夫だったのでしょう。

父としても要所要所にはちゃんと存在を示していました。

大したもんです。と思います。

父は最期に「よく遊んだ。楽しかった。思い残すことは何もない。」と言いました。
まだまだこれからやってみたいことたくさんあっただろうにこの言葉。
かっこいい…。

これまで自分のやりたかったことをブレず成し遂げてきたから言えた言葉です。


じゃぁ…私はどうだろう?
80歳まで生きられるとしてももう半分来た今、後悔しないように思いきり生きてきたかな?。
いろんな理由をつけて諦めたりやらなかったりしてきたよね。

父の死をきっかけにもう一度自分の姿を見直そう。
自分らしくを求めてみよう。出してみよう。
後悔しないように、楽しいって、やってみたいって思うことにはまずは挑戦してみよう。
言い訳してたらもったいない。

人生に感動と感激がいっぱいあるように。